裏原ブームは1997年頃からはじまりました。
ファッションスタイルは、スケーター、アメカジ、古着をミックス
した感じで生まれたストリートのファッションです。
裏原ブームの全盛期は2000〜2001年くらいで、
裏原宿というエリアには、エイプ、ネイバーフッド、ポーター等の
人気店がひしめき合い、休日ともなると裏通りにも関わらず
人、人、人で溢れかえっていました。
商品の入荷時には開店前から人が並び、即、商品が完売し、
市場で高値で取引されていたのを記憶しています。
雑誌では「Street Jack」が裏原専門雑誌という感じで、
よく人気裏原グッズの紹介をしており、
こんなアイテムもあるなかぁ〜とよく眺めていたものです。
「Street Jack」を読んでいて思うことは、
裏原スタイルは昔は細身だったのですが、
だんだんゆったりしたスタイルに変化してきているなぁ〜と。
B系ブームに影響を受けたんでしょうね。
そんな裏原ブームですが、まずエイプが原宿のお店を閉めた段階で
ちょっと人気が落ち着きはじめ、
ナンバーナインがパリコレに出展したのをきっかけに、
現在では衰退の一途をたどっているように思えます。
「Street Jack」の転売屋の広告の中身をチェックしてみると、
エイプ、FAT、ナンバーナイン等に加え
現在ではマスターマインドやDスクエアード等が転売されているようです。
マスターマインドやDスクエアードは裏原とは、ほど遠いブランドです。
裏原ブランドは人気がなくなってきており、
裏原ブランドだけではやっていけないのかもしれませんね。
こういうところにも裏原ブームの衰退ぶりが伺えます。
そしてその裏原ブーム衰退の煽りを受けて、ストリート系まで人気が落ちてきています。
なぜ裏原がストリートに影響を与えるのかというと、
裏原ブームを作った仕掛け人が、
ストリートファッションのカリスマだからです。
その人の名前は藤原ヒロシといいます。
彼は音楽プロデューサーであり、DJであり、
ストリートファッションのカリスマなのです。
彼はスマート、メンズノンノに頻出に現われ、
彼が誌面で着ていた服は、
キムタク着用の服と同じくらい高値がつきました。
彼が裏原に与えた影響は大きいんですよ。
具体的には、
・ヘッドポーター
現在でも根強い人気を誇る裏原系のバッグのお店。
バイヤー(転売屋)が並びすぎて大阪(堀江)
のお店を潰してしまったくらいの人気店。
で、このヘッドポーターは、
吉田かばんと藤原ヒロシ氏のコラボレートブランドだったりする。
・ア ベイシング エイプ
裏原で最も有名なブランドかな?
エイプのデザイナーのNIGO氏の由来は「藤原ヒロシ2号」。
顔が似ているのだとか。
・アンダーカバー
ポップなハンバーガーTシャツでブレイク。
青山のエイプの2階にあったのですが、コルソコモのお隣に移転。
移転当初はアンダーカバーがどこにあるのか、わからなかった人多し。
ポップで斬新(奇抜)なデザインが人気だったのですが、
今ではパリコレに進出し、かなりデコラティブでダークな服の印象があります。
来期のデニムがスタイリスト野口氏によって絶賛されていました。
人気が出そうな予感がします。
このアンダーカバーのデザイナーの高橋盾氏と
藤原ヒロシ氏が一緒にやっていたブランドがあります。
AFFA(Anarchy Forever Forever Anarchy)です。
今では伝説化しつつあるブランドで、商品はかなりの高値がつくらしい。
どうです?全部、藤原ヒロシ氏が絡んできます(笑)
他にもエレクトリックコテージは藤原ヒロシ氏のブランドですし、
グッドイナフにも関わりがあると噂されています。
藤原ヒロシ氏は裏原のドンなのです。
最後に裏原のモテブランドのお話を。
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